04.初来日のエピソード
私はある日、夢を見ました。日本へ行く夢でした。それはとても美しい夢でした。
そのとき私は、その夢がやがて現実になるとは、夢にも思ってもいませんでした。
後日、私は友人に連れられて、強いスピリットを持つある女性の自宅を訪ねることになりました。その女性は私にこう言いました。
「あなたは、近々、旅に出ることになるでしょう」そのあと彼女はこうも付け加えました。
「あなたの夢は現実のものになるでしょう」彼女は私の夢が現実となるよう祈りましょう、とも言っていました。
それから1週間ほどして、当時の在サンパウロ日本領事館の職員であった坂尾ひでのり氏が、サンバを演奏するグループを探しにきました。
坂尾氏は領事館における、文化振興に関する部署の責任者でした。
彼は「日本にぜひサンバを紹介したい。それには、本物のサンバと本物のサンビスタが必要なんだ」と言っていました。
彼はそれまで数多くのグループを見てきたとのことでしたが、その晩、私のバンド「サンバトゥーキ」の演奏を見て、とても気に入ってくれたようでした。
それからしばらく経ったある土曜日の夜、サンパウロの有名なライブハウスレストラン「カテドラル・ド・ サンバ」でのことです。
私は毎日のようにこのステージで演奏をしていたのですが、その晩、私の手元にメッセージが届きました。
そのとき私はそのメッセージを、演奏曲目のリクエストだと思ったのですが、よく読むと「ショーが終わったら話をしたいので時間を下さい。待ってます」と書いてありました。
差出人はあの坂尾氏でした。その晩、ショーの後、私は坂尾氏の元に会いに行きました。彼は私を見るなりこう言いました。
「ダミアォン! 日本へ行きませんか!」
「オーパ! それは素晴らしい! ぜひ行きたいですね」
「わかりました。次の月曜日にパウリスタ通りにある日本領事館へ来てください。詳しい内容と、日本へ行くために必要な書類などの説明をします」。
話はすぐにまとまり、これが、私が日本へ向けて歩き出した第1歩となりました。
坂尾氏と別れた後、メンバーの所に戻った私は、この喜ばしい坂尾氏からの提案を、すぐにメンバーに伝えました。
「みんな! 僕らの夢が叶ったぞ。日本へ行くんだ! 月曜日にさっそく打ち合わせをしてくる」。
そして、1978年6月9日。自分の荷物とブラジルの音楽文化、そしてなにより大きな希望を持って、初めて日本の土を踏むことができたのです。
私が来日を夢見ていたのには、なにより日本を知りたかったのは言うまでもなく、日本の人たちにブラジル音楽の素晴らしさを知って欲しかったからという理由がありました。
そして、その音楽を通して、ブラジル文化の豊かさ、ブラジルの美しさを伝えたかったんです。
“サンバ”と一口に言っても、実はそこにはたくさんのリズムが存在します。
私が来日を果たした1978年から現在にいたるまで、日本においてサンバは大きく育ってきていると思います。
いまでも毎日、少しずつ。それは、ブラジルを愛してくれる日本人のみなさんが、ブラジル音楽を熱心に学んでくれていることが、大きな力になっているのです。
初来日時、福岡、長崎、広島、神戸、そのほかにも日本全国いろいろな街を見ましたが、初めて訪れた土地だというのに、なぜか以前そこを訪ねたことがあるような印象を受けました。
これはきっと何かあるなぁと、自分の中のミステリーに驚いたのを覚えています。
いろいろな偶然と運命的なものが重なって、ブラジル人として初めて日本にサンバを伝えた音楽家になれたことは、私の誇りです。
また、これはブラジル音楽を広げていく大きなチャンスにもなる出来事だとも思います。